シャンティ老師の清談録 ~第四話~
”音と人間” さて、今日の清談はどのようなお話がよろしいですかな。 音の起源は自然なのか、言語なのか、さまざまな説があるわけで。いまだにその謎は解き明かされておりません。 そうですなぁ、今回は、“音がどのよう人の傍に在るのか。”そのようなお話を致しましょう。
先日は、音楽の起源、“音”がどのようにできたのか、というお話をいたしました。
前の談話では結論をだすことができませんでした。
ええ、“音”、とはなんなのでしょう。
音はもちろん空気の振動ですな。 人間が音を音として認知できるのはだいたい振動数「10ヘルツ」から耳の鋭い人で「2万ヘルツ」あたりと言われております。ペットを飼っている方はご存知かと思いますが、犬や猫はもっと音に敏感です。ほかの動物はもっと高温を聞き取ることができるのですなぁ。 さて、少しばかり話題を変えてみましょう。 ええ、実は、音は人間や動物をおかしくさせることができます。 さてさて、では、人間はその成長期においていつ音を認知するのでしょうか。 赤ん坊がある時期、故意に(これはほんとに故意に、なのです)食卓の上にあるたとえばスプーンとかお箸を落したり、テーブルを手でたたいたりします。お子さんをお持ちのお母様なら経験があるかもしれませんなぁ。 最近は「うるさいわね」とか「行儀の悪い」と叱ってしまうお母様もいらっしゃるのですが、この赤ちゃんのしぐさには理由があるのですよ。 人間だけでなく生物はみんな、音を聞くことによって、まず、自分の存在を確認します。 たとえば、鯨やイルカは歌をうたいますね。象は人間に聞こえない低周波を出して10キロかなたにいる自分の仲間たちと交信すると言われております。まず、声を出す器官をもっている生物は必ず音を聞くための聴覚器官をもっております。鈴虫もライオンも、です。 何十億年も前に宇宙ができ、そして地球ができ、私達の周りに満ち溢れている音から、人々はどうやって音楽を組み立てていったのでしょうなぁ。 私達はすでにできあがってしまったものの中から、どうにか音楽という定義と言葉をつかって、何が音楽なのか判断するしかないのでございますよ。
さて、音とはなんでしょうか。
たとえば、飛行機が通ったり、花火などの大きな音が聞こえたとき、窓ガラスがびりびりと震えるのを見たことはありませんか?
あれは、音が空気をつたってガラスを震わせているのでございます。
そう、つまり、宇宙など空気のない場所、真空状態には音は存在しません。
だから、そこには音楽は存在しないのです・・・・・・・・というのは正確ではないのですよ。
音として認知できる範囲を可聴域といいますが、いやしかし、人間の可聴域はたいへん狭いものなのでございます。
松本清張の推理小説に「砂の器」というのがあります。映画にもなり、最近では3年ほど前にテレビドラマにもなっておりました。
小説の内容はハンセン氏病の父親(テレビドラマでは少しばかり設定が変わっておりますが)をもつ交響楽団の指揮者が、恩人をその手にかけてしまうというお話でございますが。
ストーリーの通低音として流れるものはやはり音なのですよ。低周波、これは人間の耳には聞こえない低い音のことですが、これで人間の感覚を狂わしてしまうという場面が出てくるのでございます。
ねずみに高周波をあて続けますと、ストレスが強くなって死んでしまいます。
それはもちろん、人間も同じなのです。
音をそれなりに使えば、完全犯罪も可能になってしまうのでしょうなぁ。なにしろ音で岩石を砕くことができるし、音波で胎児を見ることもできるのですから。
これももちろんはっきりしておりませんが、次のような例を見ることがございます。
お母様方は、そういう赤ちゃんのしぐさを見て、お箸やスプーンを拾い上げます。あかちゃんはお箸かスプーンをもう一度落します。これを何度も繰り返します。そして何度もスプーンをひろって元に場所においてあげます。
ええ、忍耐勝負でございますね。
あかちゃんがこういう行為をとるのは単に面白がってやっているのではないのです。
スプーンが床に落ちてたてる音を確認しているのです。
なぜ、なんのために確認する必要があるのでしょう。
これは、音を聴くことによって自分を確認している行為と言われております。つまりは、「自己確認」の作業なのです。
そのあとはじめて、自分以外の他の存在(それは人だったり、他の動物だったりします)、他者の存在を確認するのでございます。
音の存在って不思議なものですなぁ。
まったく想像もつきません。
………と、まぁ、今日の談話はいかがでしたかな。
次回の清談は、また火曜日にお待ちしております。
それでは、再見。
シャンティ老師
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